仏事いろいろ

2017年お盆
◆阿弥陀さまのほほえみ  南壮 宏
                     〔合唱指揮者/東京仏教学院講師/静岡県教學寺住職〕
                                 (本願寺出版社 平成29年7月1日発行)

        
   ◎阿弥陀さまにごあいさつ
    皆さん、今日はようこそお参りくださいました。それではまず、ご本尊の阿弥陀さま
   にご挨拶いたしましょう。
    「合掌・・・・」
    あれ、ちょっと待ってください。背中を丸めて頭を下げ、目をつむっている人が多い
   ですね。お尋ねしますが、皆さんがどなたかにご挨拶をされるとき、相手のお顔を見ま
   せんか? ちゃんと向き合って目を合わせますよね。それに、無言で挨拶するのも何か
   変じゃないですか。
    それではもう一度、始めからきちんとやってみましょう。まず、お念珠を両手にかけ
   ます。できるだけ背筋をのばして目をあけ、阿弥陀さまのお顔やお姿をご覧になってく
   ださい。それから阿弥陀さまのお名前(南無阿弥陀仏)をお呼びしますよ。では、
    「合掌。ナンマンダブ、ナンマンダブ・・・・、礼拝」
    ハイ、今度は上手にできました。
   
    阿弥陀さまのお顔は、あらゆる人びとを等しく救いたいという願いが成就して、ほほ
   えんでいらっしゃるお顔なのだそうです。そして、私たちに「大丈夫、安心していいん
   だよ」と、喚びかけてくださっているお姿でもあるのです。その安心されている阿弥陀
   さまのお顔やお姿を目にすることによって、私の心の中に、ほのぼのとした安堵の思い
   が沸き起こってくるのではないでしょうか。
    元サッカー日本代表監督の岡田武史さんは、
    「人を引っ張っていく者が、少しでも不安なそぶりを見せてはいけない」
   とおっしゃっていました。逆に言えば、前に立つ人の「大丈夫、まかせておけ」という
   姿が、ついていく者に大きな安心を与えてくださるのですね。ですから、お寺の本堂や
   おうちのお仏壇の前で手を合わせるときには、どうぞ阿弥陀さまの安心されたお顔やお
   姿を、しっかりとご覧になってください。そしてお念仏申させていただきましょう。
   
   ◎笑顔が笑顔をよぶ
    ところで、「ミラー・ニュートン(鏡神経)仮設」という学説があることをご存じで
   すか。私たちの脳には、人間同士が会話をするとき、相手の表情や動作に対して鏡のよ
   うに反応する神経があって、相手の表情が自分にうつるという仮説だそうです。
    わかりやすく言えば、相手の笑顔を見ると、自然に自分の顔も緩んで笑顔になるとい
   う現象ですね。確かに、経験的にもそういうことはよくあるのではないでしょうか。無
   表情で沈んだ話し方をされると、気持ちが相手から離れて会話が弾みませんし、逆に明
   るく表情豊かに接してもらうと、親しみを感じておのずから心が開いてきます。
    私は地元で、長く合唱の指導をしてきました。また毎年、京都にあるご本山では、仏
   教讃歌の合唱大会である「本願寺音御堂」が開催されていますが、その時には、数百人
   のコーラスの指揮をさせていただいています。そんな合唱での指揮者と歌い手(合唱団
   員)の関係も、また、歌い手(舞台)と聴き手(客席)の関係も、まさにそのとおりだ
   と実感しています。
    指揮者が歌い手の顔を見ながら笑顔で指揮をすると、合唱団員の顔も緩んできますし、
   歌い手が良い顔をしていると、指揮者も自然に笑顔が浮かんできます。また、舞台の歌
   い手が明るい顔をして詠いますと、客席のお客さまにもその明るさが伝わって、会場全
   体が明るく和やかな雰囲気になってきますし、お客さまがにこやかに聴いていてくださ
   ると、歌う側もますます笑顔になって声が伸びてきます。こうして、相乗効果というの
   でしょうか、お互いが刺激しあってどんどん良い音楽になっていくのです。
   
   ◎「和顔愛語」の実践
    『仏説無量寿経』という経典には、「和顔愛語」というお言葉が出て参ります。
    「和顔」は、穏やかなお顔、ほほえみです。「愛語」は、慈愛に満ちた優しい言葉と
   いう意味です。これは、阿弥陀さまがおさとりを開かれる前、法蔵菩薩という菩薩さま
   として修行に努め励んでおられたときのお姿のひとつですが、私たち仏教徒としての具
   体的努力目標でもあるかと思います。
    本願寺第25代専如ご門主さまは、伝灯奉告法要のご親教「念仏者の生き方」のなか
   で、
   
    私たちは阿弥陀如来のご本願を聞かせていただくことで、自分本位にしか生きられな
   い無明の存在であることに気づかされ、できる限り身を慎み、言葉を慎んで、少しずつ
   でも煩悩を克服する生き方へとつくり変えられていくのです。それは例えば、自分自身
   のあり方としては、欲を少なくして足ることを知る「少欲知足」であり、他者に対して
   は、穏やかな顔と優しい言葉で接する「和顔愛語」という生き方です。たとえ、それら
   が仏さまの真似事といわれようとも、ありのままの真実に教え導かれて、そのように志
   して生きる人間に育てられるのです。
   
   とお示しくださいました。
    阿弥陀さまの安らかなお顔を拝して仏さまのお心に触れ、私の顔にほほえみが、口に
   お念仏が溢れてくれば、それはまさしく「和顔愛語」の実践となりましょう。そして、
   それがどんどんと周りに影響を与えて、笑顔いっぱいお念仏いっぱいの家庭やお寺にな
   っていくといいですね。
    本日はようこそのお参りでした。
    最後にもう一度、阿弥陀さまにご挨拶をいたしましょう。では、
    「合掌。ナンマンダブ、ナンマンダブ・・・・、礼拝」