仏事いろいろ

2017年お彼岸《春》
◆彼岸会によせて  内藤昭文
                     (浄土真宗本願寺派司教/大分県法行寺住職)
                                    (本願寺出版社 平成29年2月1日発行)

        
   ◎世間とは私と私のつくる世界
    「彼岸会」とは、四季の移り変わりがある日本において、その昼夜の長さがほぼ同じ
   になる春分・秋分の当日前後に寺院で行われる法要を意味します。その始まりは聖徳太
   子の頃といわれ、日本独自のものです。浄土真宗においては、阿弥陀様のはたらきの源
   (浄土)が西方にましますという「浄土三部経」の説示にもとづいて、太陽が真西に沈
   む彼岸の中日をご縁に、仏法を聴聞して念仏申すご縁として厳修されてきました。
    その彼岸の中日は、従来「暑さ寒さも彼岸まで」と言われてきましたが、近年はこの
   言葉も適切であるかどうか怪しくなる程の異常気象です。気象だけではなく、昨今の世
   界中のニュースを見て「世間がおかしくなっているな」と感じる人は多いのではないで
   しょうか。しかし、この場合の「世間」とは自分(私)を含んでいるのでしょうか。異
   常気象の原因の一つは、私たちの足りることを知らない欲望(貪欲)による環境破壊で
   す。
    「世間」は元々仏教用語であり、「私」と「私の生きる世界」を意味します。天親菩
   薩は、この二つを順次「有情世間」と「器世間」と表現します。例えば『歎異抄』に伝
   えられる親鸞聖人の言葉で「煩悩具足の凡夫」と「火宅」が一組で語られていますが、
   この両者で「世間」を意味します。また『仏説無量寿経』に、
   
      世間のもろもろの所有の法に超過して、心つねにあきらかに度世の道に住す
                               (『註釈版聖典』7頁)
   とある「世間」も、すべての「有情とその有情のつくる世界」のことです。さらに、
   「度世の道」の「世」も「世間」の略で、「世間(の人々)をわたす道」の意訳「到彼
   岸」を簡略化したものです。つまり、菩薩が生死流転の迷いの境界(此岸)で苦悩する
   一切の衆生をさとりの境界(彼岸)へ到着せしめて、自らもその彼岸に到着する自利利
   他円満の菩薩行(六波羅蜜)のことです。前述の「度世」はその意訳の一つです。
    この「度世」は「渡世」の場合もあります。「さんずい」があるのは河川を挟んだ
   「此岸」と「彼岸」を光景とした譬喩としての意味でもあります。この「渡世」を現代
   では「とせい」と詠み、辞書の意味は「生業」です。また、「世渡り上手」などと言っ
   て「世〔間〕を渡る」意味に転用しています。この「世」には「彼岸」はなく、迷いの
   世界の「此岸」の姿しかありません。世渡りがいくら上手であっても、他者を傷つけ自
   らも傷つき、苦悩の中でもがいています。
    興味深いことに「人」を付けた「渡世人」となると、辞書の意味は「ばくち打ち」と
   なります。
   
   ◎「不悔」の人生
    さて、話は変わりますが、2014(平成26)年11月に往生した俳優の高倉健さ
   んには映画の「日本侠客伝」シリーズ等がありますが、その役はある種「渡世人」です。
   その高倉健さん往生の報道の中で、座右の銘とされた言葉が紹介されていました。それ
   は親交のあった比叡山延暦寺の僧・故酒井雄哉阿闍梨から贈られた「往く道は精進して
   忍び終わりて悔いなし」というものでした。この言葉を聞いて『讃仏偈』の最後、
   
      我行精進、忍終不悔(わが行、精進にして、忍びてつひに悔いじ)
   
   が浮かんだ人も多いでしょう。この「わが行」とは法蔵菩薩の実践行です。このままで
   は高倉健さんが発心して菩薩行を実践しなくては、人生の座右の銘にはなりません。で
   すから「往く道は」と表現を変え、臨終の一念に浄土に往生させていただく、まさに一
   日一日の凡夫のいのちの営みにしたのでしょう。
    また、「精進」とは一般的には「努力」といわれます。しかし、煩悩具足の我々は、
   得することや見返りのあることには努力しますが、そうでないものにはいい加減になっ
   たり、怠ったりします。仏教のいう「精進」は、見返りを期待せずにいい加減にならず、
   怠ることなく励むことです。つまり一日一日のいのちのご縁を大切に生きるということ
   です。
    そして、「忍」とは一般的に「しのぶ」と読んで「我慢」の意味に使います。しかし、
   我慢とは「我という慢心」でしかなく、自己中心の身勝手な思いで自己正当化して他者
   を認めずに非難・批判している姿です。例えば、我慢に我慢を重ね最後には、堪忍袋の
   緒が切れて暴力的行為が生じます。
    このような「我慢」を仏教は否定します。恩師の故長尾雅人先生(京都大学名誉教授・
   広島県大心寺元住職)は「忍終不悔」のご文を大切にされていました。その「忍」は
   「認識」の「認」と同じ字義であり、仏典では「無生法忍」と表現されるように慈悲と
   一体の智慧だとよく言われていました。つまり、他者の苦悩を自らの苦悩とし他者を認
   め許す、自他平等の知識のはたらきが「忍」です。
    高倉健さんの追悼番組をみていると、「南極物語」や「八甲田山」の撮影の中で映画
   人としていい加減にならず、代役などを立てずに怠ることなく撮影に向かっている姿が
   ありました。また、私生活では離婚など思い通りにならないことがあったようですが、
   他者のいのちの因縁を認め許して感謝の中に日暮らししていたようです。確かに、やり
   残したことなど、悔いが全くなかったとは思いません。しかし、因縁不思議の中で恵ま
   れた生老病死のいのちのご縁を受け入れ、自己中心的な身勝手さで他者を非難し攻撃す
   ることなく、いのちの縁を粗末にするような人生ではなかった点では「不悔」なんだろ
   うと思いました。
    聞くところによれば、高倉健さんのお祖母さんやお母さんは浄土真宗の同行さんで、
   幼少期には一緒にお寺参りをし、法縁に遇われていたようです。また、福岡のローカル
   番組では、浄土真宗の寺院の住職が高倉健さんと同級生であり、帰郷した折には仏間で
   同級会を開き何度か歓談したということでした。そんな番組を見ていると、きっと高倉
   健さんもお念仏のご縁があったんだろうと思います。
   
   ◎後生はまかせ、今を生きる
    法蔵菩薩は、「我行」つまり自身が仏となる六波羅蜜の行を実践し、完全なる智慧と
   慈悲が成就されました。その完全なる慈悲とは、身勝手な最低下の凡夫である私を漏ら
   すことなく救うはたらきです。また、完全なる智慧とは、身勝手な煩悩に支配され振り
   回され仏道を歩もうともしない私が救われる手段を見出されたはたらきです。この智慧
   が慈悲となり、慈悲が智慧となって、私のところに至り届いているのが「南無阿弥陀仏」
   のお念仏なのです。
    高倉健さんも自らでは如何ともし難い生死の問題、換言すれば自らの「到彼岸」は阿
   弥陀様にまかせ、その阿弥陀様に願われた「此岸」での自らのいのちにおいて、仏様の
   教えにしたがって「精進」と「忍」を大切にされたのではないかと思います。
    「彼岸会」とは、「此岸」での私のいのちの所依である阿弥陀様のはたらきの源を
   「彼岸(お浄土)」として受け止め、仏法を聴聞して念仏申す中で、今を力強く生きる
   ご縁とする法要です。