仏事いろいろ

2013年お盆
◆「供養」はどなたに?   森田真円 〔京都女子大学教授 奈良県教善寺住職〕
                                          (本願寺出版社 2013年7月1日発行)

        
  ◎お盆のルーツ
    今年もお盆の季節です。日本中で大移動が始まります。私の地元でも、遠くに住
   んでいる人たちが生まれ故郷に帰ってきます。また、この季節はには、日本各地で
   さまざまな仏事が行われます。最も一般的なものは、8月13日から15日頃にわ
   たって、お仏壇にお参りしたり、お墓参りをして、ご先祖な供養するというもので
   しょう。
    お盆の行事が行われた記録として、最も古いものは、推古天皇の頃(606年)
   の「盂蘭盆会」であるとされています。この「盂蘭盆会」という仏事の基になって
   いるのが、『仏説盂蘭盆経』というお経です。
    この『仏説盂蘭盆経』というお経は、全文字が八百字足らずという大変短いお経
   です。竺法護という方が訳したものとされていますが、インドの原典がなく、また
   チベット訳もありません。ですから、竺法護訳と伝えられるものの、実は中国で編
   纂されたお経ではないかといわれています。そのお経がやがて日本に伝わってきま
   すが、このお経に展開される物語が、現在の日本で行われているお盆の行事の根本
   となっていると言えます。
   
  ◎神通第一の目連尊者
    『仏説盂蘭盆経』に登場するのは、お釈迦さまの「十大弟子」のお一人である目
   連尊者です。目連尊者は、インド名を「マハー・モッガラーナ」といい、大目 連
   と音訳される方です。目連尊者は、目連尊者は、幼なじみであったサーリプッタと
   ともにお釈迦さまのお弟子になります。このサーリプッタとは、『仏説阿弥陀経』
   で何度もお名前が出てくる方で、「智慧第一」と呼ばれた、あの「舎利弗」尊者の
   ことです。舎利弗尊者と目連尊者は、初期の仏教教団の中心的人物でありました。
   目連尊者は、「天眼通」「天耳通」など、神通力という特殊な力を持っていたと讃
   えられ、「神通力第一の目連尊者」と呼ばれています。現代の我々は、神通力とい
   うと何か「超能力」のように思ってしまいますが、神通力について、お釈迦さまと
   目連尊者との間にこんなお話が遺っています。
   それは、マガタ国の竹林精舎にいた目連尊者が、遠く離れたコーサラ国の祇園精舎
   におられたお釈迦さまと、神通力によってお話しすることができたというものです。
   その際、目連尊者は、こうおっしゃっています。
    「世尊(お釈迦さま)も私もともに、天眼通天耳通を得ているからこそ、遠く離
   れていても法について語ることができるのである」
    このお話は、単に「超能力」のようなことを言っているのではなく、「私はお釈
   迦さまと同じ真理の法に目覚めているからこそ、遠く離れていても真理の法を通し
   て、いつでもどこでもお釈迦さまと語り合うことができるのである」ということを
   述べられたお話であります。このような意味で、人びとは目連尊者を「神通第一」
   と讃えたのでしょう。
    このように、仏典で神通力が説かれるところには、しばしば目連尊者が登場する
   こととなります。その目連尊者が主人公となっているのが『仏説盂蘭盆経』なので
   す。
    内容は次の通りです。
   
    目連は、育ててもらった母の恩に報いたいと思い、神通力によって亡き母が度の
   世界に生まれているかを見たところ、なんと亡き母は餓鬼道の世界に堕ちていたの
   でした。骨と皮になっている母の姿を悲哀した目連は、鉢に盛ったご飯を母に差し
   上げようとしましたが、母が口に入れようとすると、たちまちに火を噴いて炭にな
   ってしまいます。あまりの痛ましさに号泣した目連は、お釈迦さまにどうすれば母
   を救うことができるかと尋ねます。
    するとお釈迦さまは、「汝の母の罪は深く、そなた一人の力ではどうすることも
   できない。十方衆僧の威神の力によって救われるであろう」と説かれます。そして、
   「夏安居の終了する7月15日には、十方の衆僧が集合して、自らの罪を懺悔する
   〔自恣〕の時を迎える。その時に十方の衆僧に供養すればよい」と仰せになります。
   その言葉通りに、目連がさまざまな品を供養したところ、「三宝功徳の力・十方衆
   僧の威神の力」によって母は救われていったのでした。
   
  ◎見落とせない『仏説盂蘭盆経』の意図
    このお話から、7月15日に「盂蘭盆会」が行われるようになりました。7月15
   日は旧暦なので、新暦に直すと秋になります。ですから、本来お盆は秋の行事なの
   ですが、現在の日本では、新暦の7月15日に行われている地方もありますし、多
   くの地域では、農繁期の関係から8月15日近辺にお盆の行事が行われるようにな
   っています。
    そして、目連尊者が亡き母を思ったように、亡き先祖を偲び、お墓参りをするよ
   うになったのでした。その際に、「施餓鬼」という仏事もなされ、「餓鬼に施す」
   ということからか、調理していない野采などを、そのままお仏壇にお供えする風習
   も多いようです。
    けれども、ここに見落としてはならない大切なことがあります。『盂蘭盆経』で
   は、目連尊者は亡くなった母に供養したのではありません。母に、鉢に盛ったご飯
   を差し出したところ、火を噴いて炭になってしまったと説かれているのです。つま
   り、目連尊者が餓鬼道に堕ちている母に施しをしたから母が救われたのではないと
   いうことです。
    母が救われたのは、あくまでも「三宝功徳の力・十方の衆僧の威神の力」による
   ものなのです。三宝とは、仏・法・僧のことで、仏さま(仏)と仏さまの教え(法)
   と仏さまの教えを実践している人びと(僧)を意味し、この三宝に供養したから、
   母が救われたと説かれていることに注意しなければなりません。
    さらに、ここで使われている「供養」と言う言葉は、「プージャー」「プージャ
   ナー」というインドの言葉が原語になっています。これらは、「崇拝」「尊敬」と
   いう意味で、尊崇の心から行う感謝の行為を意味しています。目連尊者が「十方の
   衆僧」「三宝」に「供養」したというのは、「自分にはたらきかける仏・法・僧の
   三宝に対して、尊崇の念を抱いて感謝の意を表す行為を行った」ということなので
   す。つまり、仏さまのはたらきを尊敬し感謝する行為が「供養」であって、現在一
   般に使われている「亡き人の追善の為の供養」という言葉とは意味が違っているの
   です。
    ですから、『仏説盂蘭盆経』では、母を救わんがために三宝に供養した目連尊者
   のように、今ここで自分に向けられている仏さまのはたらきを尊崇し、感謝の気持
   ちを持つことこそが大切であると述べられているに違いありません。
    そもそも、「餓鬼に施す」などとは、自分は迷っていないけれども、亡き人が迷
   っているから施すなどという傲った行為になりかねません。せっかく、亡き人のこ
   とを思っているにもかかわらず、知らず知らずのうちにそのような行為になってし
   まっては、誠に申し訳ないことです。
    お盆を迎えるにあたり、亡き人をご縁として、仏さまを尊崇し、仏さまに感謝す
   るという讃嘆供養を行いたいものです。