仏事いろいろ

◆供養

        
    皆さんは「供養」というと何を想像しますか。「花供養」「法供養」「租供
   養」「水子供養」「魚供養」「虫供養」「針供養」「先祖供養」「追善供養」
   「施餓鬼供養」「筆供養」「雛供養」「開眼供養」「経供養」「堂供養」「鐘
   供養」「塔供養」「橘供養」「千僧供養」と供養と名のつくものを挙げるとき
   りがありません。さて、浄土真宗では、この供養をどう捉えるのでしょう。
    ここに、ある別院職員の「水子供養」に関する体験話を紹介しましょう。
   『別院に突然来られるたり、女性単独の場合もあれば、アベックで来られる場
   合もある。「意思に反してできちゃったので、病院でおろして来ました」とい
   うのが多い。無我夢中の時が過ぎて暫くして、罪の意識が起こってきて、ある
   人にみてもらってら「できるだけ大きなお寺でお経をあげてもらうといいと聞
   かされた。それで、別院の本堂の大きな屋根を見つけて、「ここだ」と思って
   来ました」という。水子供養をしてくれというので、「そのようなお経は浄土
   真宗のお寺ではやつていない」というと、「お経をあげてもらわないと困る」
   という。「誰が困るのか」と尋ねると、「子供が成仏できないから困る」とい
   う。それで「成仏できなかったらどうなるのか」と聞き返すと、「私たちの幸
   せを害するかもしれない」と答える。それで「それは結局、自分たちの幸せを
   邪魔しないようにとの魂胆で、要するに厄介払いですね」というと、当人は、
   ギョッとした顔をされた。
    自分の行動が、そういう意味を持っているということを知らなかったようだ。
   できた子供を殺すのも、また、その後供養を願い出るのも、共に自分の都合の
   みであるという構造に気がついていない様子だ。
    しかし、問答を繰り返すなかで、自らの行動がそういう意味を持ち、そうい
   う構造だと知ると、また別な意味で困られて「どうしたらいいんですか」と真
   剣に聞いてこられる場合もある。それで、お経は、先祖や子供のためにあげる
   のではなく、自分のためにいただくものであると説明する。
    その意味は、「私を不幸にする水子が怖いのではなく、不都合な出来事を水
   子のせいにするその私の心の方が怖い。そのことを教えるのがお経だから、そ
   のことを知らせてもらうという意味で私のためなのです」といい聞かせる。自
   らの行動が自分の思いとは別な意味を持つことに気づき大変驚かれる。』
   というお話でした。
    『仏教語大辞典』の「供養」の項を開きますと、次のような九つ使い方が記
   されています。@奉仕すること。A尊敬心をもって仕え、世話すること。B供
   え、さしむけること。身・口・意によって物を供えめぐらすこともろもろの物
   を供えて回向すること。C礼拝D十法行(10種の宗教上の行い)の一つ。仏
   に礼拝すること。花・薫香などをもって、大乗を供養すること。E宗教的供養
   をなすこと。崇拝。啓蒙。F三宝(仏・法・僧)に香華・飲食などを供え、褒
   め称えて歌い、教えに従って修行すること。G特に浄土宗では、五種正行の一
   つで、讃嘆供養正行ともいう。もつぱら阿弥陀仏を褒め称え、物心を捧げるこ
   と。H讃える。とあります。
    また、『仏教思想辞典』には「後世では供養会は仏教行事の名となったよう
   であるが、その根本は、尊敬の心を顕すところにあるというべきである。
    ことに仏教でいう供養の本質的な意味があることを忘れてはならない。すな
   わち、供養することによって代償を期待するのではない。供養は、尊敬と感謝
   の思いを根本とするものである。供給資養の義。香花燈明飲食物及び財物を以
   て仏と法と僧との三宝に供えること。凡そ供養について供養物の種類、供養の
   方法、供養の対象等につき経論中には種々の分類をなす。」とあります。
    つまり、供養は、自分のエゴや見返りなどの代償を期待する行為ではないの
   です。仏さまに尊敬の心を顕すというのが一番の意味でしょう。従って、仏へ
   の供養や菩薩への供養への供養、他の人々に法を伝える法供養などは浄土真宗
   でも申すところですが、これは見返りのない行為という事になります。
    そういう理由から浄土真宗では亡き人の霊を慰める事や、水子の供養などは
   いたしません。では、仏事は何のためにするのか。先の教えを伝える事も尊敬
   の意を表すという事になりましょうが、何よりも私が教えを聞かせていただく
   という大事な縁として仏事を営みたいものです。