仏事いろいろ

◆念珠ってなに?

        
    仏前で合掌礼拝する時は、必ず数珠を手にかけることになっております。数
   珠をかけることによって心がひきしまります。数珠には、どういういわれがあ
   るのでしょうか。
    昔、お釈迦さま御在世の時、難陀国の毘琉璃王が使いをもってお釈迦さまに
   申し上げるよう「我が国は、常に戦乱があるために、五穀実らず、しかも悪病
   流行して国をおさめることが困難で多忙であります。政治をとりつつ仏の道を
   修行していきたいと思いますが、どうしたならば良いでしょうか」と、尋ねた
   のであります。
    すると、お釈迦さまは「それは、難しいことではない。無楼子の実、百八を
   糸でつないで、数珠をつくり、それをいつも手から離さず、隙あるごとに、心
   からみほとけの御名を称えつつ(「仏法僧」と称えつつ)、一つずつ、つまぐ
   れば、おのずから心は静まり、煩いを除き、正しきに向かい、まちがいのない
   政治をすることができる。」と、仰せになりました。
    これを聞かれた王さまは、早速無楼子の実を沢山集めさせ、千の数珠をつく
   られ、親戚や家来どもに持たせ、王さま自身は、いつも手から離さず、隙さえ
   あれば、つまぐって、心よりみほとけの御名を称えられたそうであります。
    そして何日か経ってから、王さまは、お釈迦さまをお招きして、皆とともに
   法話を聞かれました。これが数珠の始まりと言われています。
    珠の数を百八とせられたのは、私どもの心が百八にも動きかわり乱れるとい
   うことからで、これを俗に百八の煩悩と言っています。その乱れやすい心が、
   仏の御数によって、よき心に変わってゆく、それを受けとらせようというので、
   かように仰せられたようであります。
    珠の中を貫いている糸は、丁度、仏の心を、私どもの心の中に通しているわ
   けであって、しかも、それを円の輪にしてあるのは、心が円く、素直になれる
   ことを意味しているので、心の平和を表しているのであります。
    仏前にお参りする時はもとより、できれば、いつも数珠を手にかけて、自分
   の心をよきに導きたいものであります。
    蓮如上人は「数珠をかけずに礼拝することは、仏さまを手づかみにする」よ
   うなものだともおっしゃられています。
    かようなわけをもったお数珠であるから、お数珠は、大切に取り扱うように
   したいものであります。例えば、畳の上に直に置くとか、人に渡すときに、ポ
   イと投げたりするようなことは避けたいと思います。