光山寺案内

1.場 所


  ◎萩市内からは、国道191号線を三見方面(至 長門市)へ光山寺前バス停の

   信号を右折

  ◎長門市方面からは、三見より玉江にて白水小学校を左手に見て信号を左折

   (光山寺は萩市の下記の地図を参照ください。)



2.歴 史

   慈珠山光山寺の建立は、永禄7年(1564年)、開基は俗姓、清和源氏嫡流・甲州甲斐源氏

  にして武田将監信春である。

   信春は武田左京大夫信虎(信玄の父)に仕えたが、故あって自国を離れ、伊豫国小笠原氏

  を頼り、暫くの間小笠原氏の客食となるも、浮き世を厭い佛法を信仰し、天文16年(1547

  年)3月本願寺第10世証如上人を頼り落髪して法名を了春と号した。

   その後諸国を歩き、旧玉江村奥佐古山の麓(現在の萩市玉江一区)に草庵をむすび、釋迦

  牟尼佛の仏舎利・證如上人より給わりし親鸞聖人・蓮如上人真筆の六字名号を安置したと云

  われる。

   然るに、當山第3世了順の代に本願寺より寺号を許可され、第4世了員の時、今地の時守

  山の麓に移築し、慶安2年(1649年)山号も時守山(現在は、慈珠山)と相唱した。

   また、當山は元来本願寺の末寺であるが、奥阿武郡の内飯谷村に宝来寺と号す当山の末寺

  もあったと伝えられている(現、未詳)。

   現在の建物は、昭和61年より本堂・山門の屋根・庫裡の新築工事を行い、平成2年5月

  落慶している。
 開  基  了春  天正16年 3月10日晋山

             慶長16年12月22日没

 第 2世  了祐  元和 4年12月18日没

 第 3世  了順  寛永17年 7月22日没

 第 4世  了員  寛文12年 1月 7日没

 第 5世  了讃  正徳 3年 5月20日没

 第 6世  了応  宝暦 6年 9月29日没

 第 7世  恵観  天明 7年 5月14日没

 第 8世  恵閑  文政13年10月17日没

 第 9世  恵雲  天保 5年 1月18日没

 第10世  泰成  安政 5年12月11日没

 第11世  泰円  明治34年12月   没

 第12世  了証  明治35年 4月27日没

 第13世  了真  大正 9年 1月21日没

 第14世  憲雄  昭和59年 8月21日没

 第15世  宣月  (代々武田姓)

 

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